ギリシャ・イタリア生活日記 地中海とカフェ Diary 2006年06月
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教習所へ申し込み
2006-06-30 Fri 05:00
ギリシャでは夏休みは学校だけでなく、テレビ関係者も同じ。もう先週あたりからほとんどが再放送番組で、7月からは完全に再放送だけ(もちろんニュース以外です。)になってしまう。ドラマももう2,3回見たよ、というようなものばかりで退屈になる。たまに私がギリシャに来る前のドラマもやってくれるので、それは初めて見る私には嬉しいけれど。今までの番組やドラマの続きは9月以降(冬のシーズンと呼ばれる)にまた再開される。

今日とうとう知り合いの紹介で一つの自動車学校に絞って、申し込みに行った。
本ももらってきたので、じっくり読んでみたい、といっても、日本の教習所でもらうような教科書を期待していたら、全然違って最初から最後まで問題集になっている。本ももらえるのではなく、次の人に使いまわししていくので、書き込まないでくださいね、といわれてしまった。ただし授業は1時間半のものが20回もあるそうなので、内容は濃いのかもしれない。というよりこの暑い時期(また週末まで熱波が来て、ギリシャは39℃まで気温が上がるそうです!)に少なくとも1日2回授業を入れたとして10日通い、さらに実際の運転の講習にも行くのかと思うとちょっと気が遠くなる。8月は教習所も夏休みに入ってしまうので、なんとしても7月中に終わらせないといけないのだ。

必要な書類はまだまだあって、明日は警察署にも行き、お医者さんの検診も受けないといけない。
うちからパトラス中心部へ行くバスは、6月から夏の間はルートを延長して最寄のビーチまで行く。普段は控えめに込んでいるこのバスも、今日は海で遊んできた人で一杯の満員状態!それなのにまだ古~いぼろぼろのバス(もちろんエアコンもなし。噂によるとアテネをかつて走っていた古いバスの使いまわしとか・・・)がパトラスでは走っていて、それに当たってしまった今日は暑いし(あまりにも暑いので風通しがいいように、入り口のドアが開いたままで走ってます(笑))、しかも普段5分ごとに通るこのバス、今日は珍しくすごく遅れて25分くらい待った。こうなるとちょっと用事でパトラス中心部へ出るのも結構大変だ。(本当はバスで10分だけのキョリなんです。)

来週は引越しでその後できるだけ早く授業を始めるには、書類の提出を明日終わらせないといけない。ちょっと焦り気味。明日は大工さんもくるので忙しい。
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暑~い夏のためのカクテル
2006-06-29 Thu 19:46
晴れ 
今日はキリストの12使徒ペトロスとパヴロスの祝日で、教会に早朝行ってきた。この日までは、アイウー・プネヴマトスの祝日からギリシャ正教の断食期間。今日はチーズ、ヨーグルト類が恋しかったので、モッツァレッラとトマトのサラダもバジリコを散らして食べたいなあと思っている。

以前に書いた(3月10日の日記「ガルデニア」)LIDLというちょっと変わった方式のドイツ資本スーパーで、今日入荷の商品にアイス・クラッシャーがあって買ってきてしまった。手に入れたアイス・クラッシャー先日ドイツのワールドカップのレポートで、ブラジル人が必ず注文する人気のカクテル、カイピリーニャを紹介していた。それ以来この暑い夏にはたまらなくおいしそうだなあと思っていたのだけれど、これで簡単に作れそう。ギリシャ語で書かれたカクテル・レシピ集その前の週のLIDLの商品にはカクテルのレシピ本もあって買っておいたので、今年の夏はちょっといろいろな夏のカクテルに挑戦しようと思う。


★★カイピリーニャ(=ポルトガル語で「田舎の小娘」の意味)のレシピ★★★
☆ピンガ(ブラジルの地酒カサーシャ)もしくはホワイト・ラム。どちらもさとうきびから作られるお酒だけれど、ピンガはラムよりもっと強く本場物はこれで作られる。:5cl
☆茶色の砂糖:本場ではた~っぷり入れるらしいですが日本人には甘すぎたりするので、好みで控えめに。
☆ライム1コ
☆クラッシュド・アイス
口当たりはいいそうですが、強いお酒なので飲みすぎに注意してください。
作り方★★★★★
まず、ライムを8等分に切る。背の低めの大きなグラスに砂糖と切ったライムを入れ、乳棒かすりこ木のようなもので、ライムをつぶし、2分置いて味をなじませる。それからクラッシュド・アイスをたっぷり入れ、上からお酒を注いで出来上がり! 

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フラッペ小話
2006-06-28 Wed 01:12
この夏、OTENETというネット接続会社がInnovation2006という発明コンテスト(ギリシャ語オンリーですが、とりあえずサイトはこちら。)を行っていて、TVのコマーシャルで宣伝されている。優勝すると賞金50,000ユーロというので、うちのだんなさんまで、何かアイデアないの?と私に聞いたくらい。

そのコマーシャルでピザのデリバリー(1889年にEspositoという人物により。)のアイデア・発明などと並んで紹介されているのが、先日も少し触れた(6月22日付けの「ギリシャの雑誌の話題を二つ・・・」で。)、ギリシャの夏のコーヒー、フラッペ!
このフラッペの発明者で、ヴァコンディオスさんという人の名が紹介される。発明された年はずいぶん古く1957年とあって、ちょっと興味を持ってしまった。

それで見つけたのが、「フラッペ戦争」というタイトルの、新聞「ネア」に載っていたと言う1997年8月4日の記事。
なぜ戦争と題されているかというと、ギリシャでは夏、アイス・インスタント・コーヒーの売り上げが大変高く、フラッペ元祖のネスカフェだけでなく、今ではたくさんのカフェメーカーがそれぞれフラッペ用のインスタントコーヒーを宣伝しているのだ。それに5月から10月の暑い時期、ギリシャで売れるインスタント・コーヒーの85%がアイス・コーヒーで、ホット・コーヒーはたったの20%という。(コーヒー全体の売り上げについては、やっぱり断トツ1位は毎日飲むグリーク・コーヒーで、2番目がインスタント・コーヒー、次いでフィルター・コーヒーだという。)

ネスカフェがフラッペを独占していた市場に初めて新しい別のメーカーが乗り出したのは、1992年になってからというから、やっぱりギリシャ人が「フラッペはネスカフェじゃないと。」というのも納得がいく。
フラッペはまさにギリシャの特許で、テッサロニキで行われた国際展示会の間に初めて作られたそうだ。ルミーディス(1987年にネッスルに買収されたけれど、商標はそのまま。)という、グリーク・コーヒーで一番人気のあるメーカーの古い重役の話によると、このフラッペを試しに作ったヴァコンディオスさんは、初めてフラッペを作ったとき、スーツに染みまでつけてしまったらしい。フラッペはシェーカーで振って作るので、気をつけないと今でも皆が経験すること。ギリシャ人ならみんなにやっとするに違いない。

展示会では、ギリシャのネッスル(ネッスル商品のギリシャへの輸入は19世紀末より、アテネに最初の事務所開設は1912年で、ギリシャでの歴史は古い。)は子どものための新しい飲み物を販売していて、それはインスタントのココアを牛乳と一緒にシェーカーで振るものだったそうだ。このギリシャのネッスル社員であったヴァコンディオスさんは、展示会の休憩時間にネスカフェを飲んでいた。ある日、ただ単にシェーカーを使うと簡単かもしれないと思って、アイス・コーヒーをシェーカーで振ったところ、泡立ち豊かなコーヒーが出来上がって、それが新しい商品「フラッペ」として思い立った始まり、というから本当に偶然の産物なのだ。

現在フラッペが飲まれている国は、主にギリシャ。他に少しタイとマレーシアでも飲まれているそうだ。面白いのが、記事によるとイタリア人はフラッペの成功に嫉妬して、(この記事の数年前に)独自の冷たいカプチーノを考案したという。嫉妬したからなのかどうかはともかく、フラッペやカプチーノの魅力はやっぱりあのクリーミーな泡立ちにあるということらしい。

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野外劇場でダンスの発表会
2006-06-27 Tue 23:30
晴れ
昨夜はうちのいとこの長女が通うダンスの発表会へ。場所は去年と同じで、パトラスのマリーナ(ヨットハーバー)にある野外円形劇場だったので、行きは散歩がてら徒歩で出かけた。海沿いの通りまで降りると、月曜の夜だというのに、海沿いのカフェもレストランも大繁盛していて、車も人も一杯で大混雑。

劇場は小さいけれど、後ろは海でヨットやイタリアからの大型フェリーも見えるし、ちょっとしたイベントにはもってこいの場所。家族や親戚などで満席だったけれど、席を取っておいてもらったので、真ん中の特等席で見れた。始めのプログラムはショパンのワルツなどに合わせてのクラシックバレエからスタート。それから、フラメンコ、ジャズ、アルゼンチン・タンゴ、マンボ、チャチャ、サンバなどなど。特に良かったのは、とても楽しそうなキューバのルエルダという踊り。ラテン系の踊りは大好きなので、楽しめた。
多分2歳くらいの小さい子達のグループもいるのだけれど、なぜか泣きながら踊る子や、舞台の外にはみ出しちゃって踊る子もいて、もうかわいくて仕方がない。全員集まったフィナーレでも特に注目を浴びるチビッコたち
うちのいとこの子は、このダンススクールに週3回通っている。クラシックバレエの日、モダン・ダンスの日、ギリシャ伝統ダンスの日にそれぞれなっているらしい。残念ながらギリシャのダンスはこの発表会のプログラムにはない。ギリシャ人には、当たり前のもの過ぎるということなのかもしれない。私は見たかったから残念だった。
とはいえさすがにマンボだけは、今年人気のギリシャのポップス、エレナ・パパリズーの「マンボ」で、特に盛り上がった。この曲、メロディはギリシャっぽいけれどリズムはマンボなのだ。

ギリシャでは習い事に通う子供達は多いけれど、学校の夏休みにあわせて習い事も丸2ヶ月お休みになる。彼女もこの週末からは、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に田舎へ長い夏を過ごしにいく。 

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PAP TEST
2006-06-26 Mon 23:54
晴れ 
この数日で蝉が増えて一日中ジージーしているから、聞くだけでさらに暑い気分になってしまう。
ところでずっと書こうと思っていた、ギリシャ人の有名なお医者さん、ヨルギオス・パパニコラウーについて、少し。ちょうどある友人のおめでたが判明したばかり(本当におめでとう!!)で、妊娠したら必ず行われる検査というので思い出したため、この機会に。

日本ではPAPスメア、もしくはパパニコロー検査と呼ばれている、子宮頸がんのための検査があるけれども、この「パップ」、「パパニコロー」というのは、このお医者さんの名から来ている。この検査が始まって以来、世界中で子宮頸がんによる死亡率が75%も減ったという、とても大きな研究成果を残した人物。

研究のために人生をささげたと言っても過言ではない。研究の時間が減らないように、毎日の帰途に着く車の中でも運転はせず、車内でも研究を続け、また奥さんの同意を得て、一生子どもも作らないことを決めたという。1913年に奥さんと一緒にアメリカに渡り、最初は生活費のために、昼間は絨毯を売り、夜はブズーキャなどの夜の店で素人のバイオリン弾きをしていたこともあるそうだ。1年後にコーネル大学のニューヨーク病院で研究助手の仕事を得る。この大学で亡くなる6ヶ月前まで研究を続けることになる。
マイアミの癌研究センターに呼ばれて引っ越したために、初めてコーネル大学を去ることになり、結局その6ヵ月後の1962年2月19日にマイアミでその生涯を終えた。

彼の研究熱中ぶりはすごかったようで、ギリシャ人が1年の間で一番大きくお祝いする、復活祭の日でさえも休まなかったという。
1923年に初めて研究成果を発表したときは、同僚から信じてもらえず「ギリシャ神話だ。」などと中傷されたこともあるそうだ。ところが1939年に細胞学クリニックで、そして1943年にはハーバード大学、ボストン大学、ニューヨーク大学の医学部によっても公式に診断方法が認められ、このときから世界中の女性への検査として利用されるようになった。ノーベル医学賞にも2回推薦されたという。

このお医者さんの出身国であるギリシャでは、現在、子宮頸がんは10万人に9人の発生率で、その内3人は亡くなっているという。ところが、もしちゃんと初期のうちに診断できていれば、治癒率はなんと100%になるそうだ。ギリシャではパップ・テストが無料なんだそうだけれど、実際テストを受けているのは5人に1人くらいの割合しかいないという。
このパップ・テストを国のプログラムとして組んでいる国、例えばフィンランドなどでは、この検査のおかげで子宮頸がんでの死亡者はほとんどいなくなっているというから、本当に効果の高い検査なのだ。


★パパニコラウー博士の命日2月19日(2006年)の新聞「ヴィマ」のヴィマ・サイエンスを参考にしました。

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記憶力を保つフリシー・カノーネス
2006-06-25 Sun 23:53
晴れのち曇り、暑いけれど風の強い一日

今日は私のちょっとした悩み、記憶力について。もともと学校でも暗記物が大嫌いだったし、あまり記憶力に自信がない。といっても興味があることならちゃんと覚えられるから、きっと興味のないものを頭が受け付けないというだけかもしれない。とくに苦手なのは、数字!それに本の著者や映画の俳優の名は覚えられるのに、なぜか人の名前も忘れやすい。以前読んだある説によると、環境の大きな変化は忘れる原因につながるらしい。それを考えると、大きな引越しを何回かしたり、小学校から大学まで全て違う学校へ行くことになったのも、名前を忘れやすい原因だったかなとも思う。

20歳すぎから脳細胞が少しずつ死んでいくらしいけれど、何か新しいことを毎日学ぶような環境にいる人(研究者など)は、その脳細胞の衰えが遅れると聞いたことがある。私は毎日新しいことを学ぶような環境には今いないなあと思って、ずっと自分の記憶力のなさを心配していた。

そういう私には慰めになる話が、とって置いた雑誌の記事(新聞「ヴィマ」日曜版についてくる雑誌で日付不明です。)に載っていた。
日常生活のちょっとしたことでの物忘れは、記憶力のせいではなく、集中力のなさのせいなんだそうだ。だから間違ってもアルツハイマーなんていう心配はしなくていいという。疲れをためたり心配なことを抱えていたりすると、記憶がブロックされてしまってそのせいで忘れてしまうらしい。

まず、どこにある物を仕舞いこんだか思い出せないときは、冷静になること。焦りも記憶をブロックしてしまう。
またどこで出会った誰なのか思い出せなくて困るときは、どこで最後に会ったのかを探りだすこと。全然知り合った場所と関係のない場所で出会うと思い出しにくいのは当たり前だから。
そして誰かに人を紹介されたときは、その名前を頭の中で何回も繰り返すこと。その人と話している間も頭の中でその名前を繰り返し思い返して、人物と名前を一致して記憶するように努力する。
車をどこに駐車したかを思い出すには、車から降りて最初にどういう景色を見たかを思い出すようにする、などいろいろと忘れっぽい人を助ける智恵が載っていて助かる。
パトラスでうちのだんなさんの知り合いをたくさん紹介されて、特に人を覚えるのが苦手の私はとても困っているのだ。逆に私なんて外国人で覚えられやすいから、向こうは私のことも名前もちゃんと覚えていて、恥ずかしいことが多い。

最後に、記憶力を保つフリシー・カノーネス(=直訳すると金の法則、つまりコツを意味するギリシャ語)について。
頭を使うゲームや、新しい言語を学ぶことで記憶力を保つのに役立てるのはもちろん、何か同じ趣味を持つグループに参加したりするだけでも、記憶力を刺激できるそうだ。
また頭だけでなく、身体を使い、血行を良くすることも、酸素を脳に送り込んで、記憶力を助けるという。
食べ物については、穀物、フルーツ、野菜をたくさん食べるようにして、コレステロールの多い食事やアルコールの飲みすぎを避けること。
またタバコも血行を悪くするので、減らした方がいい。
ということで、運動不足もいけなかったかな、とちょっと反省。

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月の話
2006-06-24 Sat 23:44
晴れ
小さい頃から月を眺めたり、お月見などが大好きだったけれど、イタリアに住んだとき初めて、月の満ち欠けが、実際に生活に取り入れられているのを知った。イタリア語では月はルーナと呼ばれる。この単語の響きが柔らかくて気に入っている。ルーナといえば、イタリアでもやっぱりロマンチックなイメージで、よく詩や歌の歌詞に登場する。

まずは、トスカーナで大好きなポルチーニ茸を山に探しに行くとき。あのおいしいポルチーニが、私の住んでいた村のすぐ後ろの山でもちゃんと生えているのだけれど、決して見つけるのは簡単ではない。枯葉の敷き積もった山肌で、目を凝らすけれど、枯葉ときのこはほとんど同じ色。慣れた人はいつも行きなれた山のどこに生えているか記憶しているし、ちょっとした地面のふくらみで、枯葉の下にきのこが生えているのをすぐ見つける。

山の中ではみんな嘘つきになる。ばったりと山の中で同じ村の人に出会うと、「どう?たくさん見つけました?」などとお互いに探りを入れあう。とはいえ、皆見つけたきのこはリュックの中にそうっと隠していくつ見つけたか悟られないようにしながら、「いやあ、今日は全然だめだねー。」などと言うので笑ってしまう。

このきのこ狩りに早朝から出かける日をどう決めるか?もちろん雨が降ってからの日数を計算する。でもここで月が重要な鍵。雨が降ってからの期間が、月が満ちていく時期に当たっていれば、きのこの成長が促進されるそうで、たくさんのポルチーニを期待できるというのだ。逆に月が欠けていく時期に当たっていると、だめらしい。

同じ理屈で、爪を切るのも、月が満ちていく時期に切ると、すぐにまた伸びてしまうんだと聞いた。それを聞いてから、いつも爪を切るとき月のことを考えてしまう。

同じイタリア滞在中に、もうタイトルを忘れてしまった、あるメールマガジンを購読していた。そのメルマガに、満月の日には、満月の前後は交通事故などが多いので気をつけましょうという一文が入っていて、それを読むたびに、そういえば・・・などと、近所の交通事故やニュースでの事故に思い当たってしまったりした。交通事故はイタリアもギリシャもとても多いので、あまり満月の時だけとは言えないかもしれないけれど。

今日は引越しの片付けで、ギリシャの新聞「エスノス」のおまけの雑誌から切り抜いておいた、月の満ち欠けが身体にどういう影響を与えるか、という記事(日付不明です。)を発見。ギリシャには月を指す単語が二つある。セリーニとフェガーリ。
記事によると、まず、ネア・セリーニ(=新月)は、禁煙を始める、新しいダイエットを始めるなど、身体の毒素を出すようなことをするのに適した時期という。
月が満ちていくまで(新月の二日後から)の2週間は、身体を元気づける栄養を蓄える力が倍増する時期だけれど、同時に太りやすくもあるので、野菜、フルーツをたくさん食べるように。
パンセリノス(=満月)は、一番身体のエネルギーが減少するので、身体に悪いものを食べたりすると、普段以上にその影響が強いという。
月が欠けていく新月までの2週間は、少しづつ身体が力を取り戻す時期。より活発になり、エネルギーを消費するようになる。カロリーを消費しやすい時期なので、いろいろ食べても大丈夫なんだそうだ。
ちょっと健康に気をつけるとき、参考になるかもしれない。

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グリーク・バジル
2006-06-23 Fri 23:33
晴れ 暑い暑いと思っていたらスペインでは40℃も記録し、イタリアも36℃などで南ヨーロッパ全体が熱波に襲われているらしい。でもギリシャは明日から3℃ほど気温が下がって、北方では雨も降ると言うから涼しい週末に期待。

今日は、私がずっと欲しいと言っていた、葉っぱが小さくてこんもりするタイプのバジリコ(ネットで検索した限りでは、多分グリーク・バジルと呼ばれている種類)を植え替えた。これはライキ・アゴラ(朝市)で売られていて、先日お義母さんが買ってきてくれたもの。グリーク・バジルと呼ばれている種類と思われる・・・初めて育てるのでちょっと検討がつかないけれど、普通のバジリコと同じく、日当たりのよい所において、たっぷり水遣りしてあげると元気な感じだ。冬を越せないのに、とお義母さんはあまり好みではないらしいけれど、私はガーデニングには絶対これがいいなあと思っていたのでとても楽しみ!先日ブログに載せた夏のバジリコは料理用、これはあくまでも観賞用として。

最近、日本に関する映画が多かったなあと思っていたら、今年の日本は外国からの観光客が28%も増えて、特にソフィア・コッポラ監督の映画「Lost in translation」の影響が大きいそうだ。夏のバカンスに向けて世界各地の観光地を紹介してある雑誌に載っていたのだけれど、現代の東京が興味を引いたらしく、映画に出てくる場所をツアーで巡るコースまであるらしい!ギリシャでは特に話題だったのは、「SAYURI」(この映画をギリシャで見たときの話は、過去記事「Geisha」へ。)の方だったので、ちゃんと京都で伝統的な芸者さんと過ごすというアイデアも載っていて、ネットのサイトが紹介されていた。
ユーロ高円安で、ヨーロッパ人には日本への旅行も大分安くなってきてるだろうし、少しずつたくさんの外国人が訪れるようになって、本当の日本を見てもらえる機会が増えるといいなあと思う。 

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ギリシャのある雑誌の話題を二つ・・・
2006-06-22 Thu 23:44
晴れ 最高気温36℃
昨日の夕方はあまりにも暑くて、義兄のお嫁さんとその子供達と一緒に、いとこのやっているペドートポス(これについては、過去記事の「パトラス子育て事情」を参照してください。)へ散歩に行ったけれど、どこの公園も人で一杯。ただし外にいるからといって、涼しいわけではない。日が沈んでも30℃という暑さ。それでも子どもを中で遊ばせて外のカフェテーブルで冷たいフラッペ(ギリシャ名物!夏のコーヒー、フラッペについては、作り方も含めてホームページ「地中海とカフェ物語」の記事、フラッペを参照してください。)を飲んでくつろいでいたら、ちょっと涼んだような気分にはなれた。ギリシャのネスカフェ、フラッペ用に売られているもの

6月18日付けの新聞「キリアカティキ」の付録雑誌「エプシロン」を昨夜読んでいたら、とてもおもしろい記事が二つ。ひとつはサントリーニ島のアクロティリ発掘関係。私も憧れていて、初めてギリシャに来たときに訪れた場所だ。アクロティリは古代に起きた火山噴火で滅びたミノア文明の遺跡で、その素晴らしい壁画の数々は、アテネの考古学博物館で見ることができる。またあの有名なアトランティスの伝説も、このサントリーニ島のことなのではないかと言われ続けていて、とても興味深い場所だ。

実は、このミノア文明を破滅に追い込んだと言われている大噴火により、3600年間、灰に埋もれていた(火山灰により生き埋めになった)オリーブの木が、2002年、火山研究をしているデンマーク人の大学院生によって発見された。それから4年後の今、そのオリーブの枝に行われた炭素14(放射性炭素)年代測定法によって、その噴火時期が、今までの説より100年早い紀元前1627年から1600年の間にまで遡るという結果になったというのだ。この100年の違いがどれだけすごい発見かと言うと、今までの歴史では、古代エジプトもしくはメソポタミア文明がギリシャ人に文化を伝えたと思われていたのが、これにより、実はその逆かもしれない。ミノア文明(サントリーニ島、クレタ島)が先で、古代エジプト文明へ影響を及ぼした側ということになるのだ。
今回の発見と調査が正しければ、これによって、歴史が塗り替えられるかもしれない。

それからもう一つはちょっとした雑学なのだけれど、これらがMADE IN GERMANYって知ってますか?という記事。
まずは私の大好きなコーヒー話。フィルターコーヒー(ホームページ「地中海とカフェ物語」のエスプレッソの話の中でおいしいフィルターコーヒーの淹れ方をに載せてます)で有名なメリタは、1908年にこのフィルターを生み出したメリタ・ベンツという女性でドイツ人なのだそうだ。当時まだ学校に通う息子が二人。ある日、子どものノートから数枚紙をちぎって、コーヒーを濾過するのに使ってみたら、とても旨くいった。それで夢中でそこから紙フィルターを研究して、ベルリンでコーヒーフィルターとしての特許を獲得。それが今のコーヒーとフィルターのメーカー、メリタの始まりという。

また世界中で使われているティーパックというもの、これもアドルフ・ラボロというドイツ人が発明したものだなんて知らなかった。1829年のことだそうだ。

他には有名なアスピリン(1897年フェリックス・ホフマンの発明した粉を製薬会社バイエルが錠剤にした。)、ピル(1961年製薬会社セリング)、歯磨きチューブ(1907年薬剤師オトマー・ハインシウス・フォン・マゲンベルク)、バイク(1885年ゴートリブ・ダイムラー、最初のものは時速12㎞だったそうですが・・・)などから始まって、今では車に標準装備となっているエアバッグ(1971年メルセデス・ベンツ)まで。ということで、知らなかったけれど、ドイツ人には発明家が多いのだ。

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眠れない夏の夜
2006-06-21 Wed 22:20
晴れ 猛暑が続いてまた夏バテ
この数日間ろくに眠れていない。というのも、熱帯夜が続いていて、朝方になってもあまり温度が下がらないので本当に寝苦しい。今週は金曜日まで熱波が続くらしい。昨日なんて、バイクに乗っているのに肌にあたる風が体温より高くて、もわぁっと熱かった。きっとアスファルト上は50度は軽く超えているんだろうと思う。

加えて、毎晩のようにクヌーピア(=ギリシャ語で蚊)に刺される!一昨日は一晩で9箇所も刺され、何回も目が覚めた。どうも暑くて窓を開けているから、雨戸の隙間から入ってくるらしい。毎晩のように夜中に蚊のせいで起きるから、ちゃんと寝た気がしない。夏なのに足も腕も虫さされの痕だらけで、すごく格好わるい。

昨夜はあまり好きではないけれど、ベープマットを部屋の中でたいて、なんとか一箇所も刺されずに快眠。でも毎晩ベープマットの空気を吸って寝るのも嫌だなあと思う。

日本ではやっぱり蚊の量がすごいから、網戸のない生活なんて考えられないけれど、純ヨーロッパ式の家では網戸がないのが当たり前。最近のギリシャの新築には網戸設置が標準になってきたけれど、イタリアでもまず網戸なんてみたことがなかった。一応売られている窓用の網があって、私は賃貸だしすぐ外せるように押しピンで留めていた。蚊はイタリアでは少なかったけれど、網があると何の虫も入ってこないという安心感があって、やっぱり落ち着く。もちろん引越し先は網戸を取り付ける予定。

ところで、こちらの虫たちは日本では見たことのないものがいろいろいる。イタリアでは蚊以外にも目にほとんど見えない山中に生息する小さい虫がいて、それも蚊の様に刺したりした。それに信じられないことに、さそりを家の中で発見したことがある。すごく小さいのだけれど、本当にさそりの形そのままで、黒々としていて、もう本当に怖かった!砂漠にしかいないと思っていたのに、と退治してくれた友人に言うと、古い石の壁などに住んでいてたまに見かけるという。刺したらやっぱり痛いけれど、致命傷になるような猛毒ではないらしい。でももしベッドに間違って侵入したりしたら!?というのを考えてしまうと怖い。

また、虫ではないけれどギリシャにすごく多いのが、ネズミ!6月に入ってから小さいのを何匹も見た。うちの近くは野良猫のパラダイスなので追い駆けまわしてくれるけれど、それにしても今年はいろんな所でたくさん見かける。小さいのは日本で売られているペット用みたいでかわいいくらいだけれど、昨年見かけたのなんて、猫の赤ちゃんくらいのサイズはあって、あれは近くで見たらちょっと怖いだろうと思う。

ネズミ退治にはありがたい猫達も最近は繁殖期なのか、毎晩のように夜中に大騒ぎ。全部数えたことはないけれど、15匹くらいは常にいると思われる。こうやって私の眠れない夜はまだまだ続きそうだ。

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はた迷惑を気にしてくれないギリシャ人たち
2006-06-20 Tue 05:17
晴れ 相変わらず暑くて寝苦しい日々
引越す予定の家にいた数時間の間に、また間違い電話があった。以前住んでいたところにも、やっぱり間違い電話は多かった。ただ、おそらく長年にわたって同じ番号を使っていた家族が以前の持ち主だったようで、8割が同じ人を探してかけてくるから、仕方ないなあと思っていた。。

でも今度の番号には、毎回違う人を探してかけてきているように思う。覚えやすい番号で良かったと思っていたのだけれど、こんなに頻繁に間違い電話があるなんて。
ギリシャ人の性格上、不注意な人が多い(かける番号の間違い、間違った番号を教えるなど)気もする。さらに普通は「あ、ごめんなさい。」と謝るけれど、たまには自分が間違えたくせにゴメンも言わずにガチャンと切る人までいる。

不注意な性格といえば、困ったことがもう一つ。
引越し先のマンションの上の階に、とても感じの良く、いつも温かく挨拶してくれるおばあちゃまが住んでいる。それも元々ご近所でうちのお義母さんたちとも家族ぐるみで長いことお知り合いだという。
さて、引越しの準備を始めて以来気になっているのが、この引越し先のバルコニーに毎日落ちている、ゼラニウムの咲き終わった花や、痛んだ葉っぱ、それにほこり。
まず、ほこりは、すぐ上の階の人がベランダで絨毯マットをはたいている現場を見た。これはギリシャ人みんながやることだから、もうとっくに諦めている。でも毎日必ず落ちているこの花や葉っぱはさすがに文句を言わなきゃ、と考えていた。ところがこれ、さらに上の階に住む、このおばあちゃまのしわざだったのだ!!
毎日毎日、広いベランダの端から端までまんべんなく落ちている(毎日お花の手入れを丁寧に行っているらしい)。掃除がきついけれど、このおばあちゃまが相手では文句が言えない。

今日はベランダをホースで水洗いしている現場も見てしまった。水が外に落ちないようにすればいいのに、大量の水が外へしたたる。その一部がうちのバルコニーの手すりにも落ちる。そういえば雨なんてずっと降っていないのに、よく雨がふったみたいなしずくの跡があるなあ、と思っていたのだけれど、原因がわかってしまった。ちょっと砂まじりのしずくの跡が残るだけでなく、もし洗濯物を干したら、なるべく内側に置かないと跳ねた水で汚れてしまいそう・・・。

まず自分のしたいことが優先されるのがギリシャ人。(注:念の為に断っておきますが、ギリシャ人全員というわけではありません!とても気遣いの細かいギリシャ人の友人もいます。)義兄のお嫁さんも、時々ちょっと近所迷惑では?と不安になるくらい、最大限のボリュームで音楽を聴いている。いちいち心配したり怒ったりしていてはきりがない。ここは諦めて、自分もしたいことを遠慮なくするしかないらしい。

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コンピューター用語と現代ギリシャ語
2006-06-19 Mon 00:47
晴れ ギリシャ全体に暑い日曜日となっている。35℃から37℃くらいらしい。

最近忙しくて、読んでないけれど取っておいた新聞がたまってしまった。その中で「ヴィマ」の日曜版に入っている、「ヴィマ・サイエンス」というお気に入りのコーナーがあって、6月4日版の「インターネット、25年」という見出しで始まる記事を今日読んだ。え?もうインターネットの歴史ってそんなに経っていたっけ?と思ってしまうのだけれど、本当に初めて今のインターネットの基礎が誕生したのは、1981年のことなのだそうだ。

私達には当たり前になっているEメールに至っては、もっと昔の1972年に誕生。そのときからアットマークも使われているという。Eメールにそんな長い歴史があったなんて、全然知らなかった。
初めてのコンピューターウイルスは1980年、そしてホームページの誕生は1993年ということだ。特に科学的でない私にとっては、学校のMS-DOSの授業もつらかったけれど、なんといってもウィンドウズが誕生してからは、そういう私でも楽に使いこなせるようになった、画期的な出来事だったと思う。

ところでギリシャでは、日本のようにネットの世界の用語(英語)を、そのまま外来語として輸入するのではなく、ギリシャ語の現代用語を新たに作った。というわけで、それぞれちゃんとギリシャ語が存在する。
インターネットは「ディアディクティオ」
ホームページは「イストセリダ」
Eメールは「イレクトロニキ・アリログラフィア」
コンピューターは「イポロギスティス」(直訳すると「計算機」という意味。正式にはイレクトロニコス・イポロギスティスで省略形はH/Yとなる。)
ウイルスは「イオス」(病気のウイルスと同じ単語)
ブログは「イストロギア」(まだギリシャではブログの存在があまり知られていないので、この単語聞いたことがありませんでしたが・・・)
アットマークは「パパキ」。このパパキというのが、かわいくて気に入っている。直訳すると、意味は「アヒルの赤ちゃん」。イタリアでもコンピュータ用語は英語から引用していることが多いのに、アットマークはちゃんとイタリア語があって、「キオッチョラ」と呼ぶ。これは「かたつむり」のこと。こんなに国ごとでかわいい名前をつけるのを見ると、日本でも工夫すればよかったのに、とちょっと思ってしまう。

ともかく、こうやって、ちょっとは外来語の輸入を防ごうと努力しているギリシャだけれど、実際は、新聞上でさえ外来語のオンパレードである。ギリシャ語が存在する単語でも外来語で書かれていることがよくある。今回紹介した単語にしたって、インターネットはディアディクティオより「インテルネット」、メールはアリログラフィアではなく、「イーメイル」と呼ぶことが多い。

他にもギリシャに来た当時、混乱させられたのが、日常生活で「コンピューテル」、「コンピュータラキ」(=直訳すると小さいコンピューター)と呼ばれるもの。ギリシャ語の口語で何を表しているかと言うと、普通の「計算機」のことなのだ。そして意外に本当のコンピューターは、ちゃんとギリシャ語で「イポロギスティス」と呼ぶのが普通。外国人にはややこしいこときわまりない。

英語から来た外来語では「カメラ」も要注意。日本でいうカメラのことは、ギリシャ語では「フォトグラフィキ・ミハニ」という。デジタルカメラになると、舌がからまりそうだけれど「プシフィアキ・フォトグラフィキ・ミハニ」というなが~い名称になる。ところが、なぜかビデオカメラはそのまま「ヴィデオカメラ」と呼ばれているので、カメラというとビデオを撮るのだと思われる。

そういえば、コンピューター用語だけでなく、最近気になっている若者言葉に英語の「ソーリー!」というのがある。近年とても流行ったギリシャの歌にも使われていたのだけれど、軽い感じ(クールなイメージ?)のゴメンを、英語そのまま「ソーリー」というようになったみたいだ。ドラマのセリフでもよく使われている。ある程度の年齢層(学生くらい?)以下の若い人しか言わないので、流行語のようなものかもしれない。

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地球外への移住について語ったというホーキング博士
2006-06-18 Sun 02:48
つい先日物理学者ホーキング博士が訪れた香港で語った話というのを、今日、偶然パトラスのローカル新聞で読んだ。彼の予想では2020年には人間は月にも移住が可能、2046年には火星にも住めるようになるということ!
核戦争の危機や、急激な環境汚染により、地球上に住む人類滅亡のリスクが高まりつつあるという。だから地球外への移住先を、という意見なのだ。

それにしても、もし他の人がこんな話をしたら、SFの小説や映画にはよくあるよね、と終わってしまいそうだけれど、この博士が言うことだから、人類滅亡の可能性も、地球外への移住の可能性も現実的な話ということだ。

いつもと変わらない遅めのお昼ご飯(今日は実家でお義母さんの作ったビフテーキャ!これはギリシャ風ハンバークで一個一個が巨大です。)を食べながら、頭の中だけ未来へ旅立ってしまった。

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劇場に生まれ変わった、パトラスのプトホコミオ
2006-06-17 Sat 23:50
晴れ
昨夜も日本人のダンスがあるからと招待していただき、今回パトラスがヨーロッパ文化首都イベントのために修復したプトホコミオ(=貧しい人々に食べ物を分けたりするセンター。もう使われなくなって長かったこの建物が今回改装された。)へ初めて行ってきた。修復されたパトラスのプトホコミオこの建物は、パトラスに残る、ネオクラシック建築の一つであり、パトラスが発展していった1870年に他の重要な建築物とともに建てられた。パトラスの中心のアイウー・ヨルギウー広場に面する、ミラノのスカラ座を模した「アポロン」という劇場を代表として、パトラスには重要なネオクラシック建築の一群が残っている。
今回のヨーロッパ文化首都イベントの機会によって、このプトホコミオはいろいろな文化イベントを開催できるよう内部が改装され、楽屋も設けられたそうだ。プトホコミオ入り口外部は他のイベント会場と同じく、カラフルな照明で夜も照らし出されている。内部は大きなステージとそのステージにとても近い場所に設けられた客席で、素敵な雰囲気に仕上がっている。私がいただいたチケットは最前列の席で、ステージとの一体感が強くてとても良かった。

昨夜の舞台は、田中泯(Min Tanaka公式Webサイト)という方のダンス。ダンスというより舞踊というニュアンスで、とてもオリジナルなもの。大変興味深かったけれど理解が難しかった。
農場をもっていて農業も営みながら舞踏団を抱えているという、世界的に有名でダンサーというよりパフォーマーという風に表現されている。今回はギリシャでオーディションも行われ、ギリシャから日本の彼の農場へ研修に招待されるそうだ。

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夏一杯のギリシャ
2006-06-16 Fri 23:38
晴れ 今日は久しぶりに夏らしい太陽と暑さ
今日からギリシャ中の小学校が夏休みに入ったので、外出すると子どもの姿が目に付く。ギリシャでは子供達は今から8月一杯までずっと休みだなんて、日本にいる姪が聞いたらうらやましがるに違いない。近所に住む、ある従姉妹の長女は、小学校1年生の終わりの評価が良ければ、という条件で約束していたという金魚(=ギリシャ語でも日本語の直訳と同じで、フリソープサロ(金の魚)と呼ばれる。)を買ってもらい、私にもはりきって見せてくれた。オスということで、グレゴーリスという立派なギリシャ名をつけてもらっている。ちょっと立派すぎるような・・・。でも白銀の体と、真っ赤なおでこを持ち、結構愛嬌のある顔立ち。

今日は用事があってパトラス中心へ出かけたのだけれど、天気もいいし、やけにカフェでくつろぐ人々も多い。いつも不思議なのは、平日の朝っぱらからカフェでゆっくりくつろぐ、どうみても20代から40代くらいの人たち、一体なんの職業についているのだろう?そういうくつろぐ人々や子供たちを見ていると、もう8月にでもなったような錯覚をおこしてしまう。

パトラスにあるローマ時代の橋、発掘保存地久しぶりに、うちの近くにある遺跡のそばを通りかかった。これはローマ時代の橋の名残。パトラスも遺跡はいくらでもあるようだけれど、家が上に建てられてしまっていて、建て直しの時点で初めて見つかることが多いようだ。先日ロベルト・ベニーニの舞台もあった、ロマイコ・オディオだって、あのオディオの周りで今は芝生や花の植えられている遺跡の部分は家が立ち並んでいたという。 

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ギリシャで自動車学校へ!
2006-06-15 Thu 07:27
ギリシャで新たに運転免許を取り直すことになった。日本の運転免許証が切れてしまったのに、当分帰国予定がない。どうして日本はこんなに短期間でいちいち更新させるのだろう?ギリシャのものは今の所ほとんど全人生をカバーする長期のもの。イタリアでも10年有効だった。

国際免許証も1年しか有効ではないし、あんなに自動車学校にお金がかかるのに、海外に住む場合、現地で取り直せと言わんばかりのシステムが納得いかない。本当はヨーロッパ共同体なら日本の免許証をこちらのものに書き換える法律もあるのだけれど、ギリシャのものは不備で、法律は存在するのに、実際には日本人が書き換えできないシステムになっている。(最新の噂ではこの法律が改正になったというのも聞いたけれど、どっちにせよ日本の免許が切れている私にはもうどうしようもない。)

それにギリシャは日本と似ていて、自動車学校に行かないといけないようになっているから、結構お金がまたかかる。

そうは言っても、車がないとものすごく不便なパトラス。もう車なしの生活は限界なので、こちらで免許とるしかないかぁ、ということになってきた。
私の場合既に免許を持っているという前提なので、なるべく授業をカットしてもらって、値段も安くしてもらう。もういくつか料金などを聞いてあるのだけれど、その内ほぼ一つに絞れそう。

パトラスも諸所かしこに本当にたくさん自動車学校がある。よく利用されている車種は、トヨタのヤリス(日本ではヴィッツと呼ばれているもの)、メルセデス・ベンツのAクラス、が特に多い。車の上に大きく看板が載っているので目立つ。またギリシャでは日本のように自動車学校の敷地があるわけではないので、いきなり路上を走るのである。ちょっと怖い。といっても、普通は家族や親戚に運転を教えてもらって、少しは慣れている状態から始めるみたいだ。

ところで、うちのいとこが先日嘆いていたのは、去年免許をとるので通った自動車学校で、担当になった教官がすごく怒鳴る人で、もう泣きそうだった、というもの。え?どうして教官を変えなかったの?と聞くと、ギリシャではもう担当教官になってしまった人と最初から最後の授業までつきあうことになるんだという。それを聞いてちょっと心配になった。もし気が合わない人だったら・・・?

まあそれはともかく、どんな風にギリシャでは運転を教えるのかも興味があるし、行くのはちょっと楽しみ!標識もギリシャ語で覚えないといけないし・・・。

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ギリシャでの国際結婚マニュアル
2006-06-14 Wed 23:50
晴れ
最近ちょっと質問を続けて受けた、ギリシャでの国際結婚手続きについて。ギリシャには情報が少ないので、せっかくまだ記憶の新しいうちに、私の手続きした内容を書きとめておこうと思う。

これはギリシャ人と結婚し市役所に婚姻届を出したいと思ったら、通らなければならない道。日本では記念日や好きな日を選んで婚姻届を出しに行って、式を挙げなくても結婚することができる。これはギリシャでは無理なのでまずそれを念頭におくこと。
ギリシャでは宗教を絡めない婚姻でも、ちゃんと市長、もしくは副市長などが立ち会って式が簡単ながら行われる。教会でも将来、式をあげるつもりのうちのケースの場合、式なんていらないんだけれど・・・と思ってしまうところ。でもこれは義務になっている。

まず必要な書類については、結婚する予定の市役所へ直接出向いて聞く。
昨年パトラス市で結婚した私の場合、必要といわれたものは、出生証明書、未婚であることの証明書。またスフラギーダ・ハーギスとギリシャ語では呼ばれている、アポスティーユを日本から取り寄せなければならない。アポスティーユは日本の外務省が日本の公式書類を本物であるということを証明するために出すもので、海外から直接郵送で取り寄せは不可。日本国内にいる家族であれば、国内では郵送でも手続きできる。必要な手続きについては、外務省のサイト内にある各種証明・申請手続きガイドで確認のこと。もちろんこれにも、また出生証明書などのためにも戸籍が必要なので、最初にすることは、戸籍の取り寄せ。

書類を日本から家族などにそろえて送ってもらい、次に必要なのは、アテネの日本大使館でギリシャ語の出生証明書、未婚であることの証明書を作ってもらうこと。(これには戸籍が2通必要だったと思うの事前に大使館に事前に確認してください。)日本の戸籍はこれで両方の役を果たしているのだけれど、ギリシャではこうして二つの書類になる。
これには所定の手数料が一枚ごとにかかる。また当日には書類をもらえないので、また大使館に出向いて受け取るか、ギリシャ国内であれば郵便料金も預けておいて郵送をお願いできる。

次にパトラス市役所が言い忘れていて、またアテネまで行かないといけなくなってしまった手続き。実はアポスティーユがあっても、今度はこの大使館の作った書類も、ギリシャの外務省が本物であると確認してハンコを押さないと利用できないのである。つまり、ギリシャ語で出来てきた出生証明書と未婚であることの証明書をもって、今度はアテネのギリシャ外務省(Areionos10、アテネの中心地Psirriにある部署。アクセスはメトロで便利。電話:アテネ210-3285756)へ出向かなくてはならない。これは外務省の中の外国の書類を翻訳したり証明したりする部署で、ここで日本大使館の出した書類を確認して本物ですよ、とハンコを押す手続きをしてもらう。たかがハンコの為に所定の手数料(20ユーロだったと記憶している)を一枚ずつ払うことになる。近くの税務署へ出かけて、そこで指定された金額の印紙(パラヴォロと呼ばれる)を買い、それも持参する。開く前から外国人で列が出来るほどなので、早めに行った方がよい。
唯一の救いは、書類が既にギリシャ語なので、その場でハンコさえ押してもらえば当日その場で終了する。

これらの書類を、パスポート、滞在許可証があれば有効な滞在許可証を持って、また相手の方の出生証明書、未婚であることの証明書、身分証明書と合わせて市役所に提出する。相手の方の出生地が同じ市役所であれば、その書類はすぐその場で出してもらえる。

もう一つ面倒なのが、ギリシャでは重婚を防止するために、現地のローカル新聞(アテネなら全国紙)に、結婚を告知しなければならない。ここには、二人のフルネーム、父の名、母の名、また母の元の姓と出身地も載せる。そういえば、イタリアの村では、村の役所の扉に結婚するカップルの名前から職業までいろいろ書かれたものが貼りだされていたのだけれど、これも重婚防止のためだと聞いていた。

さらに市役所に聞いて、結婚するために必要な額の印紙も税務署で買ってくる。この印紙に、結婚告知の載った新聞、上記の書類をあわせて市役所に提出すれば、全ての手続きが終了。その場で今度は、式を挙げる日を相談する。
でもこれがまた、好きな日に式を挙げられるわけではない!市役所は土日やっていないので、平日、それも決められた曜日の夜のみ式を執り行っている。パトラス市の場合、金曜日の夜のみ!夜というのは、ギリシャの習慣で結婚式は夜というのもあるかもしれない。そして式自体は短いので前後にも式が入っていたりするけれど、予約が埋まっていない日で式を挙げられる日を市役所と相談して決めることになる。

これでやっと無事結婚できる!! これまではちょっと長い道のりだけれど、書類さえ揃えばほっと一息つける。式には保証人になってもらう人を二人お願いしておく。(その二人は身分証明書を式当日携帯している必要がある。)それにもちろん当日交換する結婚指輪。それから当日いきなり聞かれてちょっとびっくりしたのだけれど、生まれてくる子どもの苗字をどうするか聞かれるので話し合っておくこと。

というのもギリシャでは、海外でギリシャ人と結婚した場合は自由なのに、ギリシャ国内でギリシャ人と結婚すると、外国人の女性が男性の苗字に変更できないという。なんで?と思って何回も尋ねたけれど、返事は同じ。だんだんわかってきた所では、万一変更したりすると、日本で変更になるよう婚姻届を出してから、新しい出生証明書や新しい名前のパスポートをもってギリシャで裁判所に届けて認可してもらわないといけなくなるようだ。ちょっとややこしすぎるので、私は旧姓のまま。というわけで夫婦別姓になっているため、子どもの苗字はどうしますか?ということも聞かれ、それも市役所に登録される。

私達の場合、式当日、10分前には来てくださいと言われていたのに、美容院に行った帰り夕立の大雨に見舞われ、もうずいぶん遅刻して市役所へたどりついた。なんといっても教会の式じゃないし、市長さんたちも立ち去ってしまってキャンセルになったらどうしよう!とものすごく焦った。けれど、そこはギリシャ、別に遅れたからといって問題なく、穏やかに式も無事終えた。

終わってしまえばよかったけれど、アテネに住んでいない人にとっては大変面倒な手続き。それに市役所もいい加減なので、しつこいほど確認をする必要がある。とにかく忍耐あるのみ!


★法律改正や、各市役所により必要書類が異なる可能性があるので、上記はあくまでも参考にして、ご自分でもまず確認してから手続きを開始してください。

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パトラスの医療事情
2006-06-13 Tue 22:25
晴れ
天気予報ではギリシャ全土で今日と明日荒れ模様ということだったのに、あれ?パトラスは早朝から青空が広がっていた。ギリシャで天気予報が当たらないのは日常茶飯事なので、あまり気にしていないけれど。

ギリシャでは気象観測所が少ないのか、いつも予報がアバウトで、アテネ、テッサロニキ以外は、飛ばされるか、他の小都市一覧というのでほんの数秒だけ最高気温、最低気温が出る程度。ニュースで映される予報図もギリシャの地図の上で大雑把な場所にお天気マークやら雲やらがのっているだけで、具体的にどの場所を指しているのか不明。
そのくせ、このパトラスだけでも、ちょっと隣の町などとは全然天気も気温も違ったりするので、どうしても詳しい天気を知りたければ、ローカル番組のニュースも目を通さないといけない。

今日はなぜ早く起きたかと言うと、お義母さんが二日間腹痛がひどく、ちょうど入れていたお医者さん(☆IKAというギリシャの公務員、サラリーマン用の保険・年金制度。ギリシャでは保険の種類ごとにサービスも、医療施設も異なる。自分が加入している保険の医療施設で見てもらうと無料。IKAはとくに加入者が多いので、地域ごとにIKAの建物があり、限られた曜日に各分野のお医者さんがやってくる。そのかわり予約が一ヶ月待ちくらいになったりするのが普通。)との予約がいつも薬を出してもらっているパソロゴス(=病理学者)だったので、ついでに見てもらうことになったから。予約はなんと朝の7時50分! 付き添いで行くことになって今日は7時前に起きた。でも急に早く寝ようと思っても眠れず、普段夜更かしの私は超のつく寝不足で出かけた。

7時50分の予約というのは、運の良いことに、今日の予約の1番目の患者さん。8時に予約を入れていたあるおばさんが、「私が一番よ。」などと言い張ってちょっとケンカになりかけたというエピソードも。これもいつもよく待たされる上にお年寄りで一杯のIKAの廊下ではよくあること。
ところが、いつもあまり遅刻しないというこのお医者さん、全然やってこない。そのうち廊下があふれるくらいの人になってから、やっと登場。そこからゆったり準備なんかして、結局私達が診察室に入ったのはきっかり8時50分。早めに行っていたから約1時間半も待った計算になる。

待つ間、ここ3日間連休だったから、きっと徹夜で遊びにいって寝坊してるのよ、なんておばさん方がからかい半分話していたのだけれど、実はちゃんと用事があったそうで、寝坊じゃないと私達に言い訳していた。でもこのIKAなどのお医者さんたちは、遅刻常習犯。それにどんなに遅刻しようが、急に休暇を取って予約をキャンセルしようが、公務員だから仕事は安泰。さらに、明日はまたストライキをするそうだ。とても耐え難いギリシャの医療システム。

でも建物だけは新しくて結構いい建材を使っていて、なんかこういうところへ税金が流れているのかなと疑い深くなってしまう。とはいえ待つための椅子もたっぷりあるし、設備が良いに越したことはないけれど。

今日はそのお医者さんに言われて、お昼にCTスキャンも予約したので、パトラスに去年オープンしたばっかりの、私立病院オリンピオンにも付き添っていくことになった。パトラスの私立病院オリンピオンの外観パトラスでは大学病院でさえCTやMRIの設備が整っていないので、検査には検査専門のクリニックやこの私立病院へ行かないといけない。
アテネには総合病院や、産婦人科専門の大きな病院などがあるけれど、パトラスではこのオリンピオンが唯一の私立総合病院。リハビリなどの施設も充実しているそうだ。いつもガラーンとして人の少ないこの病院のレセプションなぜかいつまでたっても人で混雑することのないこの病院は、中にいても静けさが特徴。今日は初めてキルキオ(売店)にジュースを買いに行ってみたら、外から見えていた、日よけのあるベランダはこの売店にあるカフェのバルコニーだった。中も病院ということを忘れそうな明るいカフェテーブルが並んでいる。キルキオをギリシャ語で呼ばれる、病院内の売店の中の、明るい雰囲気のカフェ
とはいっても、やっぱり日本の病院に比べたらなんかサービスも設備もイマイチ足りない。今は新しいからそのきれいさが魅力だけれど。高台にあるので景色もいいし。全病室、シービューかマウンテンビューという宣伝文句のこの病院、目の前はリオ・アッディリオの橋。

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ギリシャで見た日本の現代ダンスグループ
2006-06-12 Mon 21:44
雨のち晴れ時々曇り
招待券と今日のダンスのチラシ、パンフレット
昨夜偶然遊びに来た、義兄の友人が、ヨーロッパ文化首都イベントで仕事しているので、招待券出してあげるけど、今日の日本人の現代ダンス見に行きたい?と聞いてくれた。もう夜8時半で開演は9時半だったので急いで仕度して、早速パトラスの新しい劇場へ出かけた。パトラスの新しい劇場、エルゴスタシオ・テクニスちょっと場所は不便でタクシーを使うことになるけれど、春までダ・ヴィンチ展をやっていた、古い工場を改装したホールに隣接している。工場を改装したホールで、以前ダ・ヴィンチ展の行われた場所プロカットとギリシャで呼ばれている、プレハブのようなもので建てられ、90日間で完成したというのだけれど、行ってみると結構悪くない。900人収容できる劇場で、このヨーロッパ文化首都のために用意された。

隣のホールの外壁は色の変わるライトでライトアップされているので、本来工場だったとは見えないような不思議な雰囲気を醸し出している。

以前もプログラムの中で紹介していた、レニ・バッソという現代ダンスのグループで、大学生のときにキタムラ・アキコさんという方が設立したそうだ。映像などのマルチメディアを組み合わせるのが特徴ということで、世界的に有名だそうだ。 
まるでコンテンポラリー・アートを美術館で見ているような感覚だった。初めて現代ダンスを見たので、最初はちょっとわからなかったけれど、私の解釈では、特に今回のプログラムにおいては、敢えて自然ではない体の動き、騒音、紙にボールペンで書く音、不自然な声を体で表現する、といったことがテーマになっていたと思う。
日本の伝統舞踊や武道で使われる摺り足のような動きもあったし、正座をしてお辞儀をするという動きも取り入れていた。

ところで、ギリシャでプロパッジディコと呼ばれている、宝くじ、トトカルチョなどあらゆる賭け事の為のお店(机も椅子もたくさんあって、いつもおじさんたちで賑わっている)においてある、ワールドカップのプログラムと倍率票がリストになったものを、近所の人にもらった。
プロパッジディコでもらえる、賭け事関連のリスト(F1,サッカー、バスケット、ワールドカップetc.が載っている)
ちゃんとワールドカップも賭けて遊べるようになっているのだ。その中で、日本の倍率を見てみると;
グループ分けの中でどのチームが勝つかというものでは、ブラジル1.20、クロアチア5.00、オーストラリア9.00、と言う中で、日本18.00という倍率。そりゃ、この強豪グループの中ではやっぱり厳しいなあと実感。
また準決勝に残る国というものでは、日本の倍率は75.00。ブラジルが2.00、ドイツ、イギリスがどちらも3.75。アルゼンチンとイタリア4.50、フランス5.00というのが上位予想チームとなっている。
そのほか、優勝チームと、最多ゴールの選手も賭けの対象。

ギリシャではワールドカップの全試合がNETという国営放送で放送されるので、日本の試合も見れて良かったー!ギリシャ時間の今日16時から日本とオーストラリアの試合が始まる。 

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受けてしまった「旦那バトン」なるもの!
2006-06-11 Sun 04:01
曇り時々雨 パトラスでは、もう丸一ヶ月以上ぶりの雨!

いつも愛読しているkiyomulanさんの「アテネより愛をこめて」を読んでいたら、他人事と思っていたバトンの行き先に、私も入っていて、ガーン!
ちょっと悩みつつ、初めてのものは試してみる性格なもので、とりあえずお受けしてみた。
以下が「旦那バトン」の【項目】
■ダンナさんの一番のチャームポイントは?
■ダンナさんの似ている芸能人は?
■ダンナさんとの馴れ初めは?(知り合ったきっかけなど)
■これだけはやめて欲しいダンナさんの行動、くせは?
■ダンナさんからもらった初めてのプレゼントは?
■プロポーズの言葉とその時にあなたが感じた気持ちは?
■ダンナさんの特技は?
■ダンナさんの好きな女性のタイプは?
■将来どんな生活がしたい?
■次のバトン渡す5人!


■ダンナさんの一番のチャームポイントは?
人懐っこい笑顔(これにだまされたかも?)。実はあまり器用すぎなくて、時々正直な気持ちが顔に出てしまうところ。

■ダンナさんの似ている芸能人は?
子どものころの写真や若い頃の身分証明書(この古い身分証明書にまつわる話を、4月20日付けの日記「ギリシャの身分証明書」にちょっと書いています。)の写真はキアヌ・リーブスを彷彿とさせる。今は大分変わってしまったけれど、笑うとロバート・デ・ニーロっぽい。(ここまでは、kiyomulanさんの書かれている芸能人と全く同じでびっくりしました!ちょっと似た系なんでしょうか!?)またギリシャのあるコメディドラマ(TV,舞台)の俳優さんに似ているとみんなに言われている。

■ダンナさんとの馴れ初めは?(知り合ったきっかけなど)
まだイタリアに住んでいた頃に、生まれて初めてギリシャへ旅した船の中で出会った。その時に船の中で彼がひどい怪我をして・・・という出来事から始まって長い付き合いに。というので、出会いはちょっとロマンチック。

■これだけはやめて欲しいダンナさんの行動、くせは?
私のスリッパでも目の前にあれば勝手に履くこと。
靴を脱ぐのを面倒くさがること。このせいで、たまに靴をはいたまま昼寝(靴がベッドに触らないよう、器用に足をベッドの外にのばしてでも!)したり、日本でも和風の靴をぬぐお店などで面倒くさがっていた。日本にもし住んだら慣れるのだろうか?
朝なかなか起きられないこと!実は、私のささいな夢は、目が覚めたときにおいしいコーヒーの香りが漂って、朝ごはんが準備されていること。たまには私より先に起きてほしい・・・。

■ダンナさんからもらった初めてのプレゼントは?
もうずいぶん昔のこと、何が初めてだったか思い出せない。覚えているのは初めて誕生日にもらったプレゼントで、ピアス、ネックレス、指輪のとてもかわいいセットがあって、2回くらいつけただけだったのに、うち(イタリアで)にジプシーが泥棒に入って盗んでいったこと!

■プロポーズの言葉とその時にあなたが感じた気持ちは?
特になし。ちらちらっとロマンチックなのがいいなあとアピールしたけれど、照れ屋なので無理だった。「もう結婚してるのと変わらない感じがしてる」というような曖昧なことを言っているうちにビザの期限も近づいて・・・。

■ダンナさんの特技は?
えーっと・・・あーそうそう!びっくりさせられるのが、絵画などの見分けは苦手なのに、私にとっては難しい、機械系のもの、車、バイク、船などはモデルを簡単に見分けること。例えば今日新しい車のモデルのCMを見たとして、どこが変わったかすぐに分かる。何の役にもたたないけれど・・・(笑)。

■ダンナさんの好きな女性のタイプは?
特にそういうことを話さないタイプ。敢えて言うならば私にはムリムリ~という感じで、いつもばっちり流行の服を着こなし、ヘアスタイルもばっちりのお洒落で、料理も上手で、家事でも仕事でも完璧にこなし、賢くて、正直な人が理想という風に想像できる。
かけ離れている私だけれど、それはそれでいいそうだ。

■将来どんな生活がしたい?
適度に旅行できて、日本とも頻繁に行き来できればいいなあ。

■次のバトン渡す5人!
5人も、というのはちょっと厳しいので、もしかして受け取っていただけるようであれば、ギリシャ人の旦那様と日本で生活していらっしゃる、「matahariの日々」のmatahariさん。それから素敵なリゾート地、トルコのアンタルヤで生活していらっしゃる、「南トルコ・アンタルヤの12ヶ月」のturkuvazさん。でもお二人ともお忙しそうなので、本当にもしお時間があって、受けていただけたりしたら嬉しいなあと思うのですが・・・。

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プシホサヴァトの準備!
2006-06-10 Sat 04:37
晴れだけれど、風が強くて涼しい一日
うちのお義母さんは今日とても疲れていた。実は朝、保険(IKA)のきく皮膚科のお医者さんに予約していた。でも明日土曜は、プシホサヴァト(☆ギリシャでは、カーニバル最終日である日曜の前日と、ペンディコスティ※の日曜の前日の2回、亡くなった人の魂のためにお祈りをする土曜日が年に2回ある。日本でいえばお盆のようなもの。)で今日コリヴァ(お義母さんはスペルナと呼ぶことが多いけれど、辞書には載っていないので方言?)を作らないといけないから、5時に起きたという! うちのお義母さんは、普通のおばあさんたちのような早起きが全然できなくて、比較的遅くまで寝ているのが普通。えっ5時に起きて何したの?と聞くと、朝から数時間かけてシタリをゆでていたということ。

その後IKAへ出かけて見ると、なんとストライキでお医者さんはきていなかったそうだ。もう10日くらい前から、ニュースになっていたらしいけれど、昨日のニュースではそんなこと聞かなかったのに、と思っていたらパトラスだけのストライキだったんだそうだ。一ヶ月待っていたお医者さんとの予約もパーになって、また予約取り直し。次の予約はさらに一ヶ月先になった。ストライキでキャンセルになった患者さんを優先して、先に回してくれるシステムなんて存在しない。

こんなことがざらのギリシャだけれど、やっぱり何回聞いても腹が立つ!!

まあそれは置いておいて、今日お義母さんがコリヴァを作るのを見て、ちょっと作り方を覚えた。コリヴァにはこんなにいろいろ入っている!
まず材料は;シタリ(=小麦)、干し葡萄の黒いものと白いもの両方、アーモンド(お湯にくぐらせて皮をむいて、ローストする)、クルミ、ゴマ、フリガニャ(ラスクを粉状にしたもので、できたものが売られているけれど、オーブンでかりっと焼いた乾燥したパンをつぶして細かくしてもよい)、パセリ、シナモンパウダー

小麦の下準備だけが時間がかかる。一日前から一晩水につけておいて、翌日長時間ゆでる。お義母さんは3時間ゆでたという。
目分量でお義母さんが作っているので、それぞれの量はなんともいえないけれど、写真のような配分を目安にして、この材料を全て混ぜるだけ!意外に簡単なのだ。

これをいただくには、砂糖をちょっと上からまぶして、スプーンですくって食べる。素朴な味の、お茶菓子という感じでおいしいけれど、後でお腹がふくれるので注意。

教会へ持っていく準備のできたコリヴァ十字架の模様を入れたものは、そうやって飾ってから教会へ持っていき、司祭さんに親族の中で亡くなった人々の名前を書いたリストを渡して、読み上げてお祈りしてもらうためのもの。またリトゥルギャーと呼ばれる、特別のハンコが模様になるよう押してあるパンも一緒に司祭さんに預ける。
普段、リトゥルギアーを作るときに使う型と、パンの上に押す木製のハンコいつもこのリトゥルギャーを手作りしているお義母さんだけれど、最近オーブンの調子が悪く、今日はパンやさんで買ってもっていった。このパンはまだ作り方を習っていないので、そのうち。ちょっと酸っぱい感じがして、つまった感じのどっしりしたパン。普通に食事で食べるときのギリシャのパンとは違うものだ。


※ペンディコスティ:パスハ(復活祭)から50日目を祝う日。このペンディコスティにキリストが聖霊を教会へ送ったとされ、教会の誕生を祝う日ともなっている。
この翌日、月曜日はアイオ プネヴマの日といって国の祝日。アイオ プネヴマとは、神、キリスト、とならんで三位一体を表す、聖霊のギリシャ語。




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挿し木のあじさい、その後
2006-06-09 Fri 18:25
晴れ
ピンクのあじさいの花
日本ではなんとなく梅雨というイメージのあじさいだけれど、雨の降らない初夏、毎日青空の広がるギリシャでも、あじさいを育てている人はたくさんいる。

3月4日の日記に書いていた、挿し木のあじさい(ギリシャ語でオルタンシア、イタリア語でオルテンシア)が立派に花を咲かせた。今日6月9日時点のあじさいいただいた枝は3本で、そのうち2本は挿し木したあと倒れたりして根が傷んだらしく成長が遅れている。挿し木した当時のあじさいでもなんとも丈夫な植物で、倒れたときもまた問題なく再度、根を張ってくれた。土は実家の庭からとってきたもので、花がピンクということはアルカリ性だったっけ?と思ってちょっとネットで検索してみると;

あじさいの花の色は酸性・アルカリ性で決まるわけじゃない [Orbium -そらのたま-]
富山市科学文化センターのサイト内に今日の話題:「紫陽花の色」
という面白い記事があった。単純に土のアルカリ性・酸性が色を決めているのではなく、アルミニウムの濃度が関係しているという詳しい解説が載っている。

ところで西洋あじさいは、学名はギリシャ語Hydrangeaからきているのに、現代ギリシャ語でOrtansiaと呼んでいる。実は昨日Mic’oさんのサイト「ボスニアのかけら」で、ボスニアでもあじさいのことを、「hortenzija」というと知ったばかり。由来はどこにあるのか、と思って愛用のギリシャ語辞書を引っ張り出すと、フランス語のhortensiaとある。18世紀にHortense Lepaute(オルタンス・ルポート)という女性の名誉にちなんで名づけられたのが始まり。

一体この女性は何者なのか、調べてみた。
実は、このオルタンス・ルポート(1723-1788)と言う女性は、フランスの天文学者で1762年に、1764年に起こる日食の正確な日時を計算したり、1759年のハレー彗星を予測したりした人物。またその夫は、有名なパリの王室御用達、時計職人ルポート。
彼女の友人に、南米各地を探検したフランスの植物学者コンメルソンという人物がいて、探検途中、モーリシャス島にあったP.ポヴァルの熱帯植物園で研究生活を送ることになり、その地で亡くなる。その植物園にポヴァルが中国から持ち込んでいたらしい、あじさいに、この時コンメルソンがオルタンス・ルポートにちなんでオルタンシアと名づけたそうだ。

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最悪のギリシャの職人仕事・・・
2006-06-08 Thu 06:06
夕方、引越し先の換気扇を取替えにきた。電気工事屋だというのだけれど、換気扇を買ったお店の人が送ってきた職人。料金も10ユーロか15ユーロくらい渡せばいいから・・・と義兄が言われてきていた。(換気扇は義兄が買いに行ったので。)

さて、仕事を始めてみると、他にもいろいろ仕事があるらしく、非常に急いでいる。そのくせ単純には仕事が終わらない(棚の中におさまるタイプなので、棚の扉がきちんとした位置になかなか収まらず、イライラしていた・・・。)ので、目がまわりそうだとか愚痴をいいながら、散々私も手伝った挙句、終わって見ると40ユーロくれ、なんて言い出した。いろいろ大変だったからそのくらい当然という。

まず15ユーロから40ユーロも大幅にUPしすぎ(しかも1時間ちょいの仕事で!)だし、しかも、換気扇をとめるネジを、長さを計らずにとめたので、私が気づくまでに棚の表面に3つも穴が開いてしまって、木が押し出されたせいで色まで剥げている!!もう最悪!

その損害もどうしてくれるのというと、こういうことはこの仕事にはつきものだから、というようなどうしようもない返事で、あくまでも40ユーロを請求してくる。

私が女性で外国人だからなめている可能性があるな、と思って、うちの夫から連絡するので話し合ってくれ、といって、お金を払わず去ってもらった。

お金はお店に払いに行ってくれ、とあつかましく言って、急いでいたから、さっさと去ってくれた。そのあと義兄が来て、先日来てもらったペンキ塗りやさんに電話で、もしかしてちょっとそのキッチンの棚の修理してくれるかどうかを、聞いてくれた。すごく適確な仕事をこなす職人さんだし、目立たないように修理してくれそう。

それはいいとして、あくまでも40ユーロを請求されたら、ペンキ職人さんに大きめの額の請求書をきってもらって、その分を逆に請求してやろうと思っている。

第一買った換気扇なんて、ギリシャ国産の安いもので105ユーロしかしていない。これに40ユーロも追加でかかるなら、うちの叔父さん(電気工事やさん)に頼んでいたって、と言う感じ。せっかく痛んでいなかった棚が傷つけられただけでも、明日帰ってくるうちのだんなさんも相当気分が悪くなるだろうと思う。
仕事中もはしごや工具が棚にあたりそうで他にも傷つけないか、ずっとひやひやして、すごく疲れた上にこれだから、本当に知り合いでない職人には気をつけないと・・・

というわけで、腹が立ってしかたがない、今日の出来事!

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ロベルト・ベニーニ、 ダンテの「神曲」
2006-06-07 Wed 22:00
晴れ
昨夜はロベルト・ベニーニの舞台へ。ベニーニが舞台にたつのは、10年ぶりのことだという!
今日はダンテの「神曲」から地獄・26章目を、古代ギリシャに関連しているという理由で選び、まず、その詩をまじめに、そしてもちろんベニーニなので、期待を外さず笑わせながら面白く解説。この笑わせるというのは、ダンテを侮辱しているわけではもちろんなく、「神曲」自体が庶民のものであるということで、それが伝わるようにしたいから、という理由もギリシャ語で開幕前に説明があった。最後に、原語のもつリズム・音を聞いて欲しいという理由で、翻訳・解説なしで朗読。

会場は、パトラス旧市街に残る遺跡の古代劇場、ロマイコ・オディオ。パトラスの古代劇場、ロマイコ・オディオ21:30からというので21時ころについたら、もう半分くらいの席が埋まるほど人が集まっていた。新しいヨーロッパ文化首都イベントの詳しいカタログが無料で配布されて、そこに今日の「神曲」の部分のギリシャ語訳コピーもはさまれていた。分厚いカタログのような、6月から10月まで分のパトラス、ヨーロッパ文化首都イベントのプログラム
周辺は物々しく、たくさん警官やパトカーの警備でどうしたのかと思ったら、開幕前に、パトラス市長だけでなく文化省の大臣も登場。ジャーナリストもたくさんいて、フラッシュがたかれる。

夕日が沈みかけた、ロマイコ・オディオの中昨年までは大理石やレンガの上に直接座り込んで、自由に観劇していたロマイコ・オディオに、今回はちゃんとクッションが席番号つきで敷かれている。開幕前の注意の放送も、ギリシャ語、英語、フランス語で流れ、ああ今年はヨーロッパ文化首都なんだったと思い出させる。結局会場は満席になって、混雑で全員が席につくのに30分くらい遅れてしまう。開幕前のステージ、左右にある白いスクリーンが「神曲」のギリシャ語訳を映し出すためのもの

ちょうど夕焼けも消えて暗くなった頃にやっと開幕。ロベルト・ベニーニは、あのいつものにこにこ顔でまず舞台へはねるように登場し、拍手だけ受けてまたステージの後ろへ。そしてまた出てきて、今度は客席に下りて愛嬌をふりまいて、もう観客はすっかり大喜び。
ギリシャは初めてといいながら、ギリシャ語もいろいろ単語を勉強してきていた。初めてギリシャに来て興奮しているんです、もう心臓がドキドキして・・・というのをギリシャ語でも、「カルディア ムー フティパ ディ・ナ・タ!トゥントゥトゥ、トゥントゥトゥ」。それに「シャガポー」(=愛してます)と「フィリア スト ストマ!」(=口に、キス)を連発して観客中大笑い。さらにはイタリア語の「ベニッシモ」をギリシャ語で伝えようとして「カロス(=ギリシャ語でGoodの意味)、カロッシモ!(=ギリシャ語のカロス+イタリア語の-simoをくっつけてしまった!)」なんて新しい造語まで飛び出した。

もう絶えず観客を笑いの渦に巻き込みながら、「神曲」について、当時の事情やダンテについて、そして実際の28章の解説をエネルギッシュに始めた。「神曲」のギリシャ語訳は、ステージ左右に用意された画面に表示される。
ここは地獄の8段階目で、一番底より一つ上の地獄なのだけれど、ギリシャ人はちょっとしかいないんですよ、といいつつ、でもフィレンツェ人はほとんどもう全員この地獄に入ってるんです!といってまた笑いをとる。

また印象的だったのは、詩の中に出てくる蛍について。イタリアも昔は一杯いた蛍が今はものすごく減ってしまったけれど、中世のダンテの時代には、蛍はあたりを埋め尽くすくらい大量にいて、それをたくさんの炎を表現しているんです、という解説をしてくれた部分。そういった細かい解説を、目の前に景色が浮かびそうなくらいよく説明してくれる。

解説はもちろんイタリア語なのだけれど、半分くらいはイタリア語のわかるギリシャ人が来ていたようで、ベニーニが面白いことを言うたびに笑いが響く。私のそばにも、友人に訳してあげている人などがいたけれど、後半になって、やっぱりイタリア語の全然わからないギリシャ人たちは面白くなくなってしまったようで、立ち去っていく人々がいた。ロベルト・ベニーニはとても面白い舞台をしているのに!!
観客がギリシャ人であるというのもすごく意識して、ものすごく頑張っていたので、いくら分からないからとはいえ、去って行ってしまった人にはちょっと腹が立ってしまったけれど。それに関しては、今回のイベントの企画者の責任で、チケット購入時点に説明しておくべきだったと思う。

最初から最後までしゃべりっぱなし! 汗を拭きながら1時間ちょっとの間、最後まで熱をこめて語ってくれた、とても内容の濃く、興味深くて楽しめる舞台だった。トスカーナ方言のリズムでイタリア語を聞くのも懐かしかったし、なんだか知り合いが「神曲」の解説をしてくれているみたいな感じで、とても親しみやすかった。笑いをとることに関しては、ほとんどアドリブだったと思う。拍手を受けるロベルト・ベニーニ


おそらく国営とおぼしきチャンネルも録画していたので、テレビでも放送されるのではないかと期待している。その時はイタリア語に翻訳がついて、去って行ってしまった人もどんなに面白かったかわかるといいなあと思う。 拍手を受け挨拶するロベルト・ベニーニ

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またもやパトラスの海辺にて
2006-06-06 Tue 22:49
晴れ
ファグリ(=鯛の一種)という魚を昨夜初めて食べた。焼いただけで、シンプルに味わったけれど、全然脂っこくなくて、でもしっとりして味も濃厚で、とてもおいしい。ギリシャ産で大きなファグリが獲れることはなかなかないそうなので、モロッコかどこか近辺からの輸入だろうという結論だったのだけれど、人気もあって高めのお魚だそうだ。3人でつまむのに大きめのファグリだったのだけれど、それで40ユーロ(これは普通もっとするそうなので、良心的な値段だったそうです。)だった。

昨夜食べたお店も名前のないお店。パトラスにはこういう名前のない店が何軒かある。先日夜に食べた海辺の店は、昨日教えてもらったところでは漁師さんのクラブ(なんだか日本語では変だけれど、英語でいうフィッシャーマンズ・クラブという感じ。)がやっている店。そして今日食べたやっぱり海沿いの店は、ヨットクラブが経営しているそうだ。やっぱり海に面していて、昨夜は肌寒かったのでガラス張りの内側で食べたけれど、海を目の前にした外にも席がたくさんある。新鮮なお魚を並べてあって、うちのだんなさんがこのファグリを選んだ。魚をよく知らないと見極めが難しい。

その後は、その店のとなりで、パトラスのマリーナ(ヨットハーバー)からすぐそばのビーチで夏だけオープンするカフェ・バーへ。普段はDJもいるらしいけど昨日は月曜だし音楽はなし。でも人で一杯だった。砂浜の上にろうそくの灯るカフェテーブルがたくさん並んでいて、海が目の前に開けている。夜空にちりばめるたくさんの星や、だんだん赤くなって、海の水平線に沈んでいく月を眺めつつ、とても心地よい一時を過ごした。


今晩はロベルト・ベニーニの舞台を見にいくので、いまからいそいそ。昨夜からパトラスに滞在していて、テレビのインタビューでも人々を笑わせていた。

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ローンだらけ、ギリシャ人
2006-06-05 Mon 22:39
晴れ
ギリシャではローンで何かを買う宣伝を、絶えず目にする。たわいのない小さいもの(月々の支払いが数百円からというような・・・)から、電化製品、車、住宅に至るまで、銀行ローンが利用されている。ギリシャの銀行の審査は他の西ヨーロッパ諸国に比べて甘いらしく、簡単に借りれてしまうかわりに、払えなくて買ったものをまた手放す人も少なくない。もし普通のヨーロッパの基準でローンを組んでいたら、ほとんどのギリシャ人が銀行ローンを組めない、ということを、いつかTVのニュースで言っていた。

クレジットカードについては普及度が低いように見える。大学で、クレジットカードでの買物は、手数料がかかると思っていた若い子に会ったこともあるくらい、あまりお金代わりという感覚が浸透していない。日本では支払いが先になるというのももちろんあるし、ポイントを貯める、ボーナス払いにする、といういろいろな使い道があるけれど、ギリシャでは主に、現金がないから、支払いを遅らせるため!という目的で使われる。請求書にも、全額支払、もしくは・・・といったオプションで最低いくら入金してください、という金額がかかれている。これも払えずに、滞納しているギリシャ人もたくさんいると聞く。

ギリシャでよく使われる支払い方法には、エピタギー(=小切手)もある。それも支払い期日を話し合いで決めて、半年後やもっと先にすることも可能。でも、一番払えなかったときに厳しいのがこの小切手で、すぐ財産の差し押さえなどになるそうだ。

銀行ローンは各銀行が競っていて、どんどん新しいサービスを出しては客集めに熱心だ。
今日は新聞にちょうどいくつも住宅ローンの宣伝が載っていたので、その内容を訳してみた。

エスニキ・トラペザ(National Bank of Greece):7月31日までの特別サービスで、100,000ユーロ(約1400万円)の住宅ローンを借りるごとに、4,000ユーロ(約56万円)の現金と、ローンの手続きの費用をプレゼントしてくれるというもの。つまりトータルしてお得な儲けが5,000ユーロ(70万円くらい)になります、ということが最後に書いてある。エスニキ・トラペザの住宅ローンの宣伝さらに、このプレゼントのサービスは、他の銀行から住宅ローンをこの国立銀行に移動した場合でも同様にもらえるということも、付け足しされている。こうやって、他の銀行にローンを持っている人も客にしようというのは、どの銀行もいろいろ策略を練っている。

ユーロ・バンク:やはり100,000ユーロの住宅ローンを借りるごとに、現金で4,000ユーロのプレゼント。ローン手続きの費用を1,250ユーロまで、抵当の設定に関する費用も3,000ユーロまでプレゼントするというもの。ユーロバンクの住宅ローンの宣伝同じく他銀行からの住宅ローン移動でも同じプレゼントがありますという。

トラペザ・ピレオス(Piraeus Bank):詳細は書いていないけれど、ローンの4%は現金でプレゼントされるような宣伝。つまり100,000ユーロの場合やっぱり4,000ユーロのプレゼントだから同じようなものだけれど、もっと少ないローンでも4%はプレゼントされるということらしい。さらに、ローン手続きの費用、1年間の生命保険、月々の支払いの額を一定にするという保証などがプレゼントとなっている。
もちろんこれも他の以前からの住宅ローンを移動してきた人にも、同じサービス。トラペザ・ピレオスの住宅ローン


ギリシャにはまだプリカというものが生きている。プリカというのは、親が娘に結婚のとき持たせる持参金のようなもので、今は正式にはなくなっているものの、やっぱり普通、家、土地を親が用意していることが、とても多い。プリカには他、シーツ、テーブルクロスなどの布類(手で刺繍したもの)など生活用品も含まれるけれど、この家をプレゼントするというのは、男の子の場合でもよくある。というので、運の良い夫婦は夫婦揃って持ち家が一つ以上、ということもあり、このおかげで一軒の家も所有していないギリシャ人というのは、少ない。
つまりローンを借りるギリシャ人というのは、少なくとも土地をもらっていて、そこに建てるための住宅ローンだったり、持っている家が田舎で、仕事をしている都心に家を買いたいというような理由でローンを借りる人がほとんど。
一般人の給料は低いギリシャだけれど、ローンを組めるのは、そういった持ち家を貸して家賃からの収入もあったりすることが多いからというのもあるかもしれない。 

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今年のギリシャは暑くなる!
2006-06-04 Sun 22:49
曇りのち晴れ
全国紙「ヴィマ」によると、今年のギリシャの夏は、例年より暑い猛暑となるということ。今年だけでも気候はずいぶんおかしくなっていて、冬はやけに雨が多く、普通なら暖かくなるはずの3月4月も寒かった。5月では急に真夏並みの暑さとなるなど、極端な気温の変化で、春らしい季節というのがはっきりしなかった。周りのギリシャ人たちも、もう春だの秋だのなんていう季節はなくなってしまったのよ、なんて言う。

記事によると、35度から38度という熱波を記録する期間というのも、1992年から比較すると、年間約2倍に増えているという。
アテネは特に温室効果の問題が顕著。大都市の市内と、緑の多い郊外との温度差平均をまとめたものが、記事の中でグラフになっていた。それによると、パリ5,5℃、ロンドン7℃、マドリッド3,1℃、リスポン3,5℃、ローマ4,0℃、そしてミラノが極端に少ない1,4℃という中で断トツトップはアテネの10℃!! ちなみにパトラスは4℃だった。

このアテネの10℃はあくまでも平均なのだけれど、記録されている中で一番高かった温度差は、なんと16,7℃! 猛暑の期間、アテネの建物の密集した地域では、道路のアスファルトの温度が70℃にも達するというのだから、恐ろしい。この暑さの原因は、密集した建築物だけでなく、その建築物の素材にもあるという。

日本のように光化学スモッグ注意報が出るとは聞いたことがないけれど、アテネのいくつかの地域では、この数日間、オゾンも、空中の粒子状物質も、基準値を超える記録を出しているという。暑く風もないような昼間は、アテネ市内の外出を控えた方が良さそうだ。

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ファケス(=ギリシャ語でレンズ豆、レンズ豆のスープ)
2006-06-03 Sat 06:49
曇りのち晴れ
朝起きると暗い曇り空で、雨を期待していたのに残念ながら降らなかった。もういつ最後に雨が降ったか思い出せない。
山の上では降っているのが見えていて、パトラス市内にも涼しい風が吹いていたので、今日は久しぶりに過ごしやすくて、はりきってアイロンもかけた!

今日は金曜日。ギリシャでは、水曜日と金曜日に断食でお肉、乳製品を取らない。とは言ってもうちのお義母さんもギリシャ正教上大切な期間以外はミルクを飲んでいる。ただお肉はやっぱり普通料理しない。お肉を食べる量が半端ではないギリシャで、ヴェジタリアンな料理も頻繁に食べれるのは、このおかげかもしれない。

さて、今日はそういうわけでヴェジタリアンな食事の日なので、ファケスをお義母さんが作った。簡単ながら、独特の濃厚な味わいで、やみつきになっているギリシャ料理!朝からいろいろ用事が多くて疲れていたけれど、ファケスと聞いただけで食欲が出てくる。
また、私は酢物もあまり得意でないのに、このファケスにだけはたっぷりワイン・ヴィネガーが入っていないと物足りない。
出来上がりのファケス
今日はそのファケスのレシピ(うちのお義母さんの作る)を紹介。
材料:レンズ豆500グラム、玉ねぎ大きめ1個、にんにく5粒、ローリエの葉2枚、オリーブオイル少々、トマトペースト少々、塩

作り方:1 レンズ豆を何回か水を捨ててよく洗う。洗ったら深鍋にたっぷりの水と一緒に入れてゆでる。
    2 お湯が煮立って水が黒くなり始めたら、火からおろしてお湯を捨てる。
    3 新しく水、みじん切りにした玉ねぎ、細かく切ったにんにくを入れてレンズ豆をゆでる。
    4 火が通ったら、オリーブオイルを好みの分量少々と、塩少々、トマトペーストはしっかり色づく程度にいれ、さらにゆでる。
    5 4で煮立ったら、ローリエの葉を加え、さらに煮る。水気が多すぎるとおいしくないので、よく火が通っても水気が多いときは、しばらく火にかけ(なべ底にくっつかないよう、かきまぜながら)写真くらいになるまでまだ煮る。
ファケスに欠かせないワイン・ヴィネガー6 最後にワイン・ヴィネガーを味見をしながら入れる。(結構思いっきりいれれば入れるほど、しっかりした味わいのおいしいファケス・スープになります。)

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パトラスで今日・・・
2006-06-02 Fri 07:27
晴れのち曇り
カロ ミナ!(ギリシャで毎月1日に言われる挨拶で、「よい一ヶ月を!」という意味。)

デモ行進する学生たち1
今日市内へ銀行などの用事ででかけたら、ちょうど学生たちがカタリプシ(★昨日の日記も参照してください。)の関係でデモ行進をしている所を見かけた。デモ行進する学生たち2 


その後、私は広場にあるパトラス文化首都2006のチケット売り場へ。パトラス文化首都2006チケットブース目当ては、例のロベルト・ベニーニのチケット。もしかして売り切れていたら・・・とどきどきしながら行って見ると、良かったー!まだチケットがある!手に入れたロベルト・ベニーニ、ダンテの「神曲」のチケット!劇がギリシャ語ではないという問題があって、先日、知り合いのギリシャ人なんかも、興味はあるけど聞いてもわからないじゃないか、などと言っていた。そのおかげで、意外にまだ席はあるのかもしれない。

例年の古代劇場での観劇は、いつも自由席で、当日早いもの勝ちなのだけれど、これはさすがに指定席で売られていた。ということは、ちゃんと番号などの書いてあるものを取り付けたってこと?今年まだ行っていないので、詳細は6月6日のお楽しみ!

ついでに、プログラムに書かれていない、6月21日のハーバーシンフォニー(★そのほかも含めてパトラスのヨーロッパ文化首都2006については、5月22日付けの日記を参照してください。)の時間を聞いてみると、夜19時から2時間も予定されているそうだ。船の汽笛で2時間って一体どんなにたくさん聞かせてもらえるのか、ちょっと不思議だ。

今日は、ちょっとした修理で来てもらう予定だった、水道工事屋さんにも、クローゼットの見積もりにきてくれるはずだった、大工さんにも裏切られた。うちのだんなさんが電話すると、いろんな言い訳の嵐。でも今日はロベルト・ベニーニのチケットが手に入ってうきうきしていたので、余り腹が立たなかった。 
パトラス文化首都2006のシンボルと、港に停泊中の船

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パトラスで今年初の蛍!
2006-06-01 Thu 06:52
晴れ
うちのだんなさんのいとこの大学卒業式が延期になってしまった!
ギリシャの大学ではよく起こる、カタリプシというもので、来週の火曜日まで続くらしい。職員か学生が何か(給料の値上げ、労働条件の改善などなど)を要求するときに、大学を閉めてしまって授業も全部キャンセルになってしまうのがカタリプシ。パトラスのニュースでは今日卒業式の予定であった、TEIのある学部で、遠方からやってきた親などと大学職員がもめている風景を映していた。カタリプシのせいで事務が機能しなくなってしまって急に式が取りやめになったという。
いとこには昨日電話が大学からかかってきていて、来週電話で卒業式の日程の連絡がくるということになっている。

私が語学コースに行っていたときも、上級は毎日授業がなかったので、情報不足で知らずに大学へ行ってしまったことがある。ドアは開いていたので入ると、人気のない建物の廊下に机を構えて座っている人たちが数人いた。「今日はカタリプシなのよ、知らなかった?」と言って、その時は学生がカタリプシを起こしていて、その理由を書き出してある紙をくれた。そのときは今もまだもめている、私立大学の認可反対を訴える内容だったと思う。

同じパトラスのニュースでは、最近始まった、新しいイドロプラーノ(海上から飛び立つ飛行機)についても紹介していた。高いのであまり利用する人がいないという噂を聞いていたけれど、やっぱり高くてパトラスとケルキラ島の間が片道80ユーロ。でも船だと6時間くらいかかる所が、このイドロプラーノではたったの50分!
急ぐ人にはもちろん便利。スケジュールやルートは様子を見て変わっていくらしい。他のイオニア諸島の島々ともつながる予定だ。

今夜、引越し先の家の前の川沿いで、今年初のランブリッツァ(=蛍)を見た!
ギリシャには結構蛍がたくさんいる。ケルキラ島でたくさん見た昨年は4月の末で早い時期だった。蛍といえば忘れられないのは、イタリアで住んでいたトスカーナの村の後ろに広がる山の中。その日、高台にある村にも関わらず珍しくむわっと暑かったので、友人たちと涼みに山へ車で登った。ハンティング用の小屋の前で停まって、車のライトを消した途端、映画「蛍の墓」のラストシーンを思い出すほど、たくさんの蛍があたり一体で光っていた。座っていると私の胸元にとまった蛍までいて、夢のような光景だった。

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| ギリシャ・イタリア生活日記 地中海とカフェ Diary |
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